昔は打ち上げ数世界一のPL花火大会!今は何発?激減の不思議

夏のイベント

毎年、8月の第一土曜日になると、今住んでいる家の近くの河川敷でも花火大会があります。

関東にも有名な花火大会はいくつもありますが、同じ職場にいた大阪出身の先輩は、PL花火大会を見るために帰省していたそうです。

先輩いわく、

「関西では日本一と呼ばれる花火大会で、一度は見ておいた方がいい!」

とのこと。

PLと聞くと、私はどうしても野球のイメージが先に浮かんでいました。でも大阪の人、とくに開催地の近くで育った人にとっては、PLといえば花火なんですよね〜。

では、その「日本一」「世界一」と語られた花火は何発だったのでしょうか。昔の数字と現在の開催状況を分けながら、以前からこの記事に残していた地元の思い出も一緒に整理します。

PL花火大会の打ち上げ数は何発?昔は10万〜12万発、2008年からは約2万発

結論からいうと、PL花火大会はかつて10万〜12万発と案内され、2008年からは約2万発という公表に変わりました。

数字だけを見ると、「花火がいきなり5分の1ほどになったの?」と驚きますよね。ところが、この差は単純に打ち上げる花火が激減したことを示すものではありません。大きく関係しているのが、花火の数え方です。

PL花火大会の打ち上げ数が10万発から2万発になった理由

花火大会の「何発」という数字には、全国共通の数え方がありません。どこまでを1発と数えるか、大会がどの単位で数字をまとめて公表するかによって、発表される数は変わります。

煙火店による解説では、PL花火大会は2008年に、それまでの10万〜12万発という公表から約2万発へ、数え方を見直したとされています。そのため、数字が小さくなったことだけを根拠に、実際の花火がそのまま5分の1になったとは判断できないんです。

以前の記事では数え方の例をかなり具体的に説明していましたが、大会ごとの基準は一律ではありません。ここでは「2008年に公表上の数え方が変わった」「打ち上げ数だけを単純比較することはできない」というところまで押さえておくのが正確です。

PL花火大会の打ち上げ数は現在何発と答えればよい?

過去のPL花火大会について聞かれたなら、かつては10万〜12万発と公表され、2008年からは約2万発と案内されていたと答えるのが分かりやすいでしょう。

一方、「現在開催されるPL花火大会は何発?」という質問には、今も約2万発だとそのまま答えることはできません。近年は中止が続いており、当年の開催内容や打ち上げ数を示す公式案内がなければ、現在の発数は確定できないからです。

つまり、約2万発は過去の開催時に使われていた公表値。これから開催される大会の数字は、その年の主催者発表を確認する必要があります。

PL花火大会が世界一・日本一と呼ばれた理由

PL花火大会が世界一、日本一と語られた大きな背景には、やはり10万〜12万発という圧倒的な公表数がありました。

職場の先輩も、ごく自然に「日本一」と話していました。大会の近くで生まれ育った私にとっても、8月1日のPL花火大会は、普通の夏祭りとは少し違う特別な存在でした。

ただし、「世界一」や「日本一」は、統一されたルールで全大会を計測した公式ランキングの称号とは限りません。ものすごい数の花火と、地元で長く親しまれてきた存在感が重なって広まった呼び名、と考えるのが自然です。

花火の打ち上げ数だけで大会の規模や迫力を比べることができる?

打ち上げ数だけで、花火大会の規模や迫力を正確に比べることはできません。

数え方が大会ごとに違ううえ、実際の見え方は花火の大きさ、打ち上げる間隔、演出の構成、観覧場所からの距離などでも変わります。同じ2万発と案内されている大会でも、体感が同じになるわけではないんですね。

数字は規模を知る手がかりの一つですが、それだけで順位を決めるのは難しいところ。PL花火大会の10万〜12万発と約2万発も、別の基準で公表された数字として読み分ける必要があります。

大阪の地元には今も「世界一」という誇りが残っている?

少なくとも、私の周りには「PLの花火は世界一だった」と話す人がいました。

先ほどの大阪出身の先輩もそうですし、地元で生まれ育った私自身も、花火の日だけ街の空気が変わるような感覚を覚えています。発数のランキングとは別に、毎年の風景や家族との思い出まで含めて「世界一」なんですよね〜。

もちろん、すべての大阪の人が同じように考えている、とまでは言えません。それでも、地元の人が誇りを込めてそう呼んできたこと自体が、PL花火大会の大きさを物語っています。

PL花火大会はどんな宗教行事だった?

PL花火大会の正式名称は「教祖祭PL花火芸術」。パーフェクト リバティー教団、いわゆるPL教の教祖祭で行われてきた花火です。

一般的な自治体の花火大会とは成り立ちが異なり、教団の宗教行事の中に花火が位置づけられています。PLと野球しか結びついていなかった私には、この背景も「そうだったのか!」という発見でした。

以前から掲載していたPL花火大会の映像を見る

PL教の教祖祭は何を祈る宗教行事?

PL教団の公式説明によると、教祖祭は初代・二代教祖の遺徳をしのぶとともに、一日も早い世界平和の実現を祈る祭典です。

PL花火芸術も、単に人を集めて楽しむ催しとして始まったのではなく、世界平和への祈りを花火で表す行事として受け継がれてきました。

華やかな花火だけを見ると宗教行事であることを忘れそうになりますが、開催の目的を知ると、大会の見え方も少し変わりますよね。

宗教行事の花火はいつ始まった?

PL教団の公式な沿革では、教祖祭で大規模な花火が打ち上げられた始まりは1953年です。

以前の記事では、初代教祖の故郷でもある愛媛県松山市で行われた教祖祭から始まり、のちに大阪府富田林市の大本庁で行われるようになった経緯を紹介していました。

何十年も続いた行事ですから、親子や孫の世代まで「8月1日はPLの花火」と記憶している家庭があっても不思議ではありません。地元の誇りが一度きりのブームではない理由も、この長い歴史にあります。

PL花火大会の開催スケジュールは現在どうなっている?

PL花火大会は長く8月1日の行事として親しまれてきましたが、近年は中止が続いています。

富田林市が2023年に公開した市民向けの回答でも、PL花火芸術はここ数年中止されている旨が示されています。したがって、過去と同じ日程や打ち上げ数を、現在の開催情報として利用することはできません。

「今年こそ見られるのかな」と期待したくなりますが、開催日、時間、会場、観覧方法は、その年の公式案内が出て初めて確定します。以前は8月1日だったから今年も同じ、とは考えない方が安心です。

開催スケジュールがない状態と「廃止」は同じ?

開催スケジュールが公表されていないことと、大会が正式に廃止されたことは同じではありません。

中止は、ある年の開催を行わないという意味で使われます。一方、廃止は行事そのものを終了するという、より明確な決定です。中止が何年か続いていても、主催者が恒久的な終了を発表していない限り、こちらから「廃止された」と断定することはできません。

現時点では、近年の中止という確認済みの情報と、正式な廃止という判断を分けて受け取る必要があります。

PL花火大会の開催スケジュールがなくなった理由は?

「これほど有名な花火大会が、どうして開催されなくなったの?」と気になるところですが、確認できる公式情報だけでは、開催スケジュールがなくなった理由を一つに絞って断定できません。

インターネット上にはさまざまな推測があります。しかし、主催者が理由として示していない事情を、事実のように結びつけるのは避けたいところです。

ここで正確にいえるのは、近年は中止が続いていること。そして、当年の開催は新しい公式案内で確認しなければならないことです。理由については、主催者から具体的な説明が出た場合に、その内容を基準に判断するのがよいでしょう。

公式発表で確認できる開催スケジュールはどこまで?

富田林市の2023年の回答から確認できるのは、PL花火芸術が以前は毎年8月1日に行われ、そこから数年間は中止が続いていたという範囲です。

PL教団の行事紹介からは花火の目的や歴史を知ることができますが、一般的な行事紹介と、特定の年に実施するという開催告知は別ものです。行事の紹介ページが残っていることだけで、今年も開催されるとは判断できません。

反対に、近年の中止だけを見て、今後も永久に行われないとも決められません。分かっていることと、まだ発表されていないことを切り分けておくのが大事なんですね。

PL花火大会の開催スケジュールが復活する可能性は?

復活を楽しみにしている人は多いと思いますが、公式な開催発表がない段階で、「復活する」「もう復活しない」のどちらかを断定することはできません。

長く続いた行事であることは復活の保証にはなりませんし、中止が続いていることも恒久的な終了の証明にはなりません。ちょっともどかしい答えですが、今は新しい発表を待つのがいちばん確実です。

もし開催が決まった場合でも、昔と同じ発数、時刻、会場、交通手段になるとは限りません。懐かしい情報ほどそのまま使いたくなりますが、予定を立てるのは当年の案内を確認してからにしましょう。

最新の開催スケジュールはどう確かめる?

最新情報を調べるときは、まずPL教団の公式なお知らせを確認し、あわせて富田林市の行事予定や交通規制の案内を見るのが確実です。

確認する項目は、次のとおりです。

  • 開催日と開始・終了時刻
  • 会場と立ち入り可能な区域
  • 観覧方法やチケットの有無
  • 交通規制と公共交通機関の運行
  • 雨天時や荒天時の扱い

昔の記事やSNSの投稿は、当時の雰囲気を知るには楽しい資料です。ただ、今年の予定を決める材料としては、投稿日と対象年を必ず確認してください。この記事に残している2018年の情報も、現在のスケジュールではありません。

2018年の開催スケジュールはどんな一日だった?

2018年当時の記事に掲載されていたPLの花火大会

この記事を更新した2018年当時、PL花火大会は8月1日水曜日、19時55分から20時50分まで、富田林市の光丘カントリー倶楽部周辺で行われる予定として紹介していました。

これはあくまで2018年の記録です。それでも、毎年8月1日が地元にとってどれほど大きな一日だったかを知る手がかりになります。

最寄りの富田林駅から会場までは徒歩でおよそ35分と案内され、途中には傾斜もありました。花火を見る前から、ちょっとした遠足のような道のりだったんですよね〜。

2018年の開催スケジュールの日は街全体がどう動いた?

当時の記事には、午後から交通規制があり、普段のバスも通常どおりには使えなかったことを記録しています。会場へ早めに向かい、暑い中で場所を待つ人も多く、帰りは駅へ進むだけでも一苦労でした。

富田林近辺では、8月1日に仕事を休む人もいたほどです。平日だから仕事が終わってから行けばいい、という普通の花火大会の感覚では動きにくい一日だったのでしょう。

電車も道も混み、行きも大変、帰りはもっと大変。それでも毎年楽しみにする人がいたのですから、地元にとっての特別さがよく分かります。

なお、徒歩時間や交通規制、バスの運行はすべて2018年当時の情報です。将来再び開催される場合は、現在の経路案内として使わず、新しい公式情報で確認してください。

昔の超穴場スポットは今も使える?

元記事に掲載されていたPL花火の穴場スポット写真

ここまで話していてなんなんですけど、実は私自身、この地域で生まれ育ったんですよね〜。

以前の記事では、ネットで紹介されていたサヤマゴルフセンター、狭山池付近、石川河川公園、あべのハルカスなどに加え、地元の思い出として河南町の大宝や、さくら坂周辺も挙げていました。

少し離れた高い場所から花火の全体を眺められたこと、地元の人がそれぞれ自分なりの見やすい場所を知っていたこと。そうした記憶は、この記事に残しておきたい独自の情報です。

ただし、これらは過去の開催時に語られていた場所です。今も花火が見える、車を止められる、自由に入れる、混雑を避けられる、といったことは確認できません。懐かしい地元情報ではありますが、現在の穴場としてはおすすめできないんです。

PL花火大会の超穴場スポットを現在のおすすめにできない理由

過去の穴場を現在のおすすめにできないのは、開催状況だけでなく、場所の利用条件も年月とともに変わるからです。

以前は入れた場所でも、現在は私有地になっていたり、立ち入りや駐車が禁止されていたりする可能性があります。建物が増えて見え方が変わることもありますし、将来の交通規制が昔と同じになる保証もありません。

とくに住宅地では、見物する人が集まることで近隣の迷惑や事故につながるおそれがあります。「地元の人しか知らない場所」という響きにはワクワクしますが、昔の地図だけを頼りに向かうのは避けた方がよいでしょう。

もしPL花火大会の開催が正式に発表されたら、主催者が指定する観覧場所と、富田林市や交通機関が案内する経路を優先してください。そのうえで、立ち入りの可否、駐車場所、帰りの交通手段まで確認しておけば安心です。

PL花火大会の発数は、かつての10万〜12万発から、数え方の見直しによって2008年に約2万発という公表へ変わりました。しかし、現在の発数や復活時期は公式案内がなければ決められません。

昔の熱気や地元の誇りは思い出として大切に残し、これからの開催情報は新しい発表で確かめる。この二つを分けて読むことが、PL花火大会を正しく、そして楽しく知るいちばんの方法です。

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